暑中お見舞い申し上げます。
前回の「音楽便りVol.3」にて「フィンランドの夏は過ごししやすい」と書きましたが、蓋を開けてみれば、今年は歴史的な真夏日続き! クーラーどころか扇風機も無い我が家は、毎日のように涼を求めて、湖に泳ぎに行っていました(笑)。
日本では、夏休みが始まったばかりですですが、こちらではもう、夏休みも後半。少しずつ、日が短くなっています。
突然ですが、この黒服集団の集まり、何だと思いますか?
実は、学校やオーケストラが夏休みに入る直前の6月3日に行われた、音楽、文化、イベント業界関係者による前代未聞のデモ「Enough is enough!」(フィンランド語で「Mitta on täysi!」)の様子です。
今回の音楽便りは「幸せ感」は少な目かもしれませんが(汗)、私の視点から見た、コロナ禍フィンランドの、音楽業界の状況をお届けいたします。
若き女性首相サンナ・マリン氏(35歳)のもと、フィンランドでは2020年3月後半より、ロックダウンや遠隔授業など、さまざまな対策が取り入れられてきました。個人のスペースを保ちたがる国民性も手伝ってか、ヨーロッパの中では、わりと感染が抑えられていた国の一つでした。
もともとフィンランドは、物事を合理的に、公平に進めようとする国です。罰金などが無くとも、国民はわりと素直に政府の指示に従っていました。ですので、多くの人が集まるコンサートや、舞台芸術、映画上映が長期間中止になっても、仕方がないと我慢していました。
ですが、コロナ禍により、音楽家を含めイベント業界の人々は、一年以上まともに仕事が出来ない状況が続きました。そして、フィンランド政府の非合理的で、不公平な部分が多かった規制や指針に「もう限界だ、我慢出来ない!」と、立ち上がったのです。
(デモの写真:『UMOジャズオーケストラ』リードトランペット奏者テーム・マッツソン)
コロナ禍により、日本やフィンランドだけでなく、世界中の音楽業界が大打撃を受けています。コンサート、ライブ、コンクールの中止。本番どころか、合奏、リハーサルさえも出来ないというい状態が長く続き、子どもも大人も皆辛い思いをしました。
もちろん、音楽がどうこう以前に、健康第一、衣食住が安定していなければなりません。ですが、職業音楽家は、コンサートなどで演奏活動をする事によって生計を立てているので、演奏活動が出来ないと収入が無くなり、長期の休業では生活が困難になります。
こちらでは、オーケストラの正団員は、短期の一時解雇期間を除き、月給が支払われていましたが、フリーランスの人はぷっつりと収入が無くなってしまいました。日本のような、全国民に対する定額給付金はありませんでした。芸術家向けの助成金は多少はありましたが、申請方法が難しかったり、生活費用をカバー出来るほどの額ではなかったり、いろいろと問題があったのです。職業を変えれば良い、という意見もあるかもしれません。実際に、職業を変えた人も、少なからずいたようですが、このご時世では新しい職業を探すことも容易ではなかったと思います。
旅行業界や外食業界など、打撃を受けた産業はほかにもたくさんあります。外食産業関連に限って言えば、フィンランドでも大きな打撃を受けましたが、テイクアウトやデリバリーは常に許されていました(余談になりますが、昨年日本でサービス展開を始めたフードデリバリーサービスのWoltは、フィンランド発です。首都ヘルシンキでは、Woltを始めとして、他系列のデリバリーや、店舗独自の出前に向かう人を以前よりずっと多く見かけるようになりました)。
また、非常事態時を除き、店内での飲食も、「定員の半分まで」、「19時までに閉店」、などの条件付きで営業許可されていました。ですが、同じレストランやバーでも、出演者のいる「ライブ」は、人が集まる「イベント」とみなされるので、店員、出演者も客も合わせて10名以下、事実上禁止というような状態が長く続いていたのです。
公共交通機関、レストラン、スーパーや小売店に賑わいが戻っても、たとえば広々とした教会などでのコンサートは開催出来ず、大切な人の告別式も、参加出来るのは身内の中からわずか数名でした。
ちなみに、このブログでお届けしている「ユーフォリア・ブラス・セクステット」のこれまでの動画の収録時も、「集まって良いのは6人まで」という時期でしたので、サウンドエンジニアやカメラマンは頼めず、自分たちだけで収録を行っています。
- 安全衛生対策をはっきり指示した上で、イベント開催を許可する事。
- フリーランスの人を、援助する事。長期休業せざるを得なかった、イベント業界の再スタートの為に助成金を支給する事。
- 文化に関する助成金を削減せず、増額し、未来に投資する事。国の予算から、最低でも1%を回す事。
- フリーランス音楽家が、失業手当*を受給しやすくなるように、条件の緩和をする。
(*注:フィンランドでは、基本的にユニオン(労働組合)を通して、任意の失業保険に入ります。オーケストラ団員もフリーランスも、音楽家協会を通して、失業保険に入っている人が多数です)
ヘルシンキの中心部で、国会議事堂(大きな柱の建物)の前から、ヘルシンキ音楽センター、中央図書館にかけての広場全体に、黒服の参加者が、ソーシャルディスタンスを守った上で、組織的に並び、演説者以外は黙ったまま、数時間、静かに目で訴えるというのは、異様な光景だった事でしょう。
絶対にクラスターなどあってはならない、私達、プロフェッショナルは安全衛生の指針をしっかり守って、イベントを開催する事が出来るんだ、と多くの人が心に思っていたのではないでしょうか。当日は3300人以上の関係者があり、私自身も初めてデモというものに参加しました。
日本では、音楽家がこのようなデモを開催する事は考えられないかもしれませんが、フィンランドの人達は、昔からこうやって自己主張をし、平等でないと思ったことに対して、権利の要求をしてきたのかもしれませんね。
(同じ広場の普段の光景。1枚目の建物は音楽センター。2枚目の黄色い建物は中央図書館)
心地好いひとときを提供し、「心の健康」の手助けするのが、私達、音楽家の仕事。特に生の演奏は、元気の源になるのではないでしょうか。
そして、人に聴いてもらう事、仲間と一緒に楽しく演奏する事が、私達のエネルギー源でもあります。
ソーシャルディスタンスをせずに、生の音楽で幸せなひとときを分かち合える日々が早く世界中に早く戻って来ますよう、願うばかりです。
今回の動画は、映画「となりのトトロ」より、風の通り道。日本で育っていないフィンランド人でも、トトロを観ると子どもの頃を思い、懐かしさを感じるそうです。
☆この連載を読んでくださっている方へのプレゼント。私たちのCD ユーフォリア・ブラス・セクステット「Kun」(定価2,500円) と、私の高校時代からの友人で、マウントフジミュージックの代表、藤井君のリーダーアルバム「Lullaby of Angels」(定価2,500円)を2枚組3,500円(税込3,850円/送料無料)で販売いたします。ぜひこの機会にお求めください!
フィンランドの金管アンサンブル、ユーフォリア・ブラス・セクステットのファーストアルバム、「Kun 〜時(とき)」。ヘルシンキ市立劇場の女優、歌手であるエミリア・ニューマンをソリストに迎え、1950〜1960年代にフィンランドで流行った歌を中心に収録。斬新な編曲で好評を博す。
ヴィサ・ハーララ(トランペット・キュミ・シンフォニエッタ首席)
元フィンランド放送交響楽団トランペット副首席。ブラジル音楽を心の拠り所にしている、マルチインストゥルメンタリスト。
ミーッカ・サーリネン(トランペット・フィンランド放送交響楽団副首席)
元々、スタジオミュージシャンとして、ポップス系や、ロックバンドでも働いていたが、放送響入団後はバロックに目覚め、現在はフィンランドバロックオーケストラ団員、シベリウス音楽院講師を兼任。
ユッシ・ヤルヴェンパー(ホルン・ユヴァスキュラ・シンフォニア首席)
元フィンランド国立オペラ劇場オーケストラ、副首席契約団員。自身の出身地である地方都市にて、音楽祭を定期的に主催している。
アンナ マイヤ・ライホ イヘクウェアズ(トロンボーン・トゥルクフィルハーモニー副首席)
元フィンランド護衛隊音楽隊副首席。トゥルク・ジャズオーケストラの設立メンバーでもあり、ジャンルを超えたクロスオーバーを得意とするトロンボーン奏者。
児島瑞穂(ユーフォニアム・北ヘルシンキ音楽学校)
東京都調布市出身。国立音楽大学、フィンランド国立シベリウス音楽院卒業。フリーランス音楽家。トロンボーン奏者としても、オーケストラの契約団員やエキストラとして活動。
アレクシ・サラスカリ(テューバ・北部キュミ音楽学校)
キュミ・ブラスイベント芸術監督。吹奏楽指導者、指揮者としての評価も高く、フィンランドの吹奏楽指揮者オブザイヤーを2020年に受賞。
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