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2020
05.20

アーティストと職業音楽家/フリーランス音楽家(ジャズ・クラシック)の経営研究室(Vol.3)

数日前、「アートにエールを!東京プロジェクト」と題し、都が募集をかけたところ、募集開始日(5/15)に、全体の予定人数の4,000人を大幅に超える16,000人以上が初日に申し込み、実質パンク状態。当初今月末までの募集期間をわずか1日で締め切ったというニュースが流れていました。

SNSを見ていても「とりあえずダメ元で応募してみました」というような投稿もありました。きちんとした作品を月末までに仕上げて応募しようとしていた人は応募すら出来ず、果たしてフェアな助成制度だったのかを疑問視する声も上がっています。

この記事で僕が伝えたいのは、この制度の良し悪しではありません。

それ以前の話で、『支援する側もされる側も、「アーティスト」と「職業音楽家」の区別が付いていなかったのが問題では?』という考察です。

そもそも「アーティスト」「職業音楽家」とは?

世の中に明確な定義がないのかもしれませんが、僕の考えでは以下のようになります。
(※アーティスト、芸術関係の職業には色々ありますが、話が複雑になるので、今回はあえて音楽家だけに限定して書かせていただきます)


アーティスト:顧客のニーズを気にせず、自己表現だけを追求し、利益度外視でオリジナルの作品を生み出している人

職業音楽家:顧客のニーズに合わせ、それに見合った「音楽という商品」を提供、その対価としてお金(給与や報酬)を得て生活している人

 

今回のプロジェクトに関しても、そもそも東京都が「アーティスト」と「職業音楽家」の違いを認識出来ていなかったのではないでしょうか?

募集要項によると「対象者は過去1年以上継続して、プロとして活動を行っている人々」とあり、ここでの「プロフェッショナル」というのは「不特定多数の観客に対し対価を得て公演・展示等を行う者及び当該公演・展示等の制作に携わっている者」だそうです。

上記の文面を読むと、これは僕の定義で言う「職業音楽家」を指しているように思いますね。

ところが、事業内容の説明には「プロジェクトを通じて、アーティストやクリエイター、制作スタッフなどの方々の自由な創作活動を支援するとともに、東京の多彩な芸術文化の魅力を多くの方にお伝えしてまいります」とも書かれています。

「自由な創作活動」という文言からしても、これは「アーティスト」を指しています。

東京都は誰を支援するのが目的だったのか?

果たして東京都はどんな人を支援したいと思ったのでしょうか???

ちなみに応募に必要な動画作品は「3分以上、30分以内のもので、5分~10分程度を目安とする。動画の撮影メディアは問わない。スマートフォンなどで撮影したものでも可、絵画などの静止画のスライドショーなどの作品も可」だったようです。

動画に慣れていない人でも気軽に応募出来る配慮とも取れますが、この「ユルさ」が災いし、とてもプロとは言えない人たちも10万円目当てに「ダメ元」で応募した可能性が否めません。

僕はアーティストへの支援も職業音楽家への支援も必要だと思っています。

ですが、今は緊急事態ですよね。支援の対象者は「プロとして音楽という事業に従事し、きちんと納税している人」であるべきではないでしょうか。

自由な創作活動や文化への助成は、有事でなく、平時にやるべき事業です。

それを、一昔前の「メジャーレーベルからCDデビュー出来ます!アイドルになれます!」のような動画の募集をしたら、「よし、ダメ元で応募しよう!」という人が大量に現れてもなんら不思議はありません。

※僕が音楽ディレクターを務めるNPO法人ネクストステージ・プロジェクトでも、YouTubeで音楽家の募集を行っているのですが、こちらの募集要項をまるで読まず、自己表現だけで送ってくる人、グループが結構います。

↓詳細はこちら
YouTube動画審査のポイント

持続化給付金のように、事業届や確定申告の証明書で支援をする、もしくは公益性を認められるオーケストラやその他の団体、それらの運営に関わっている法人などを支援するほうが、都の芸術文化活動の維持につながるのではないかと思います。

音楽家側の意識の問題

続いて音楽家側の問題ですが、最初に書いたように、ジャズやクラシックに関わる、特にフリーランスと呼ばれる人たちの中に「アーティスト」と「職業音楽家」の区別が付いていない人が一定数存在する点が挙げられます。

前述した「定義」を改めて書きます。

 

アーティスト:顧客のニーズを気にせず、自己表現だけを追求し、利益度外視でオリジナルの作品を生み出している人

職業音楽家:顧客のニーズに合わせ、それに見合った「音楽という商品」を提供、その対価としてお金(給与や報酬)を得て生活している人

 

僕の感覚では、これまで接してきた同業者の比率からしても、実質95%かそれ以上は「職業音楽家」だと思っています。

あなたは「顧客のニーズを気にせず、自己表現だけで作品を作って生活が成り立っている音楽家」に出会った事がありますか?

メジャーアーティストでも「職業音楽家」

たとえば、サザンオールスターズの桑田佳祐さんくらいになるとアーティストなのかもしれません。ただ、桑田さんくらいになっても「顧客を意識して」曲を作っているかもしれません。

桑田さんには会った事がありませんが、実際、過去にメジャーデビューした友人で、自分の作風全開でやったらすぐにクビになり、紆余曲折あり、一般人に受ける作風になって再デビュー、その後、武道館やアリーナクラスでパフォーマンス出来るようになったJポップのアーティストもいます。

メジャーレーベルの場合、契約で、たとえば年に1枚は絶対アルバムを出さなきゃいけないといった縛りもあるらしいので(アーティストによると思いますが)、メジャーのアーティストは、自分の制作意欲に関係なく、一定期間に一定数の作品を生み出し続ける才能をもった人たちだとも言えます。

もちろん彼らは「アーティスト寄り」ではありますが、実はかなりビジネスの要素が強い事がお分かりいただけると思います。つまり、このクラスの人でも「職業音楽家」であり、むしろそれを理解出来ているからこそヒット曲を出し続けているとも言えるのです。

僕自身、トロンボーン奏者や作編曲家として、これまでの20年間多くの仕事に関わらせていただきました。東京ディズニーリゾートでのパフォーマー、矢沢永吉さんや関ジャニさんなどのライブサポート、ヤマハ音楽教室の講師、サントリープレミアムモルツのCM音楽のレコーディングなど、その全てが「ビジネス」、すなわち「職業音楽家」としての仕事です。

矢沢永吉さんは「ロックをビジネスにする、社会に認めさせる」という誇りをもってパフォーマンスされていました。共演させていただいて強く感じましたが、矢沢さんは超一流アーティストであると共に、超一流のビジネスマンです。

ディズニーランドは「夢の国」と言われますが、きっちり入場料を取るじゃないですか。「夢の国なのにお金を取るのはけしからん!」とはならないですよね。入場料の高騰に多少不満をもっている人はいるにしても、多くの方は納得し「夢を買いに行っている」わけです。これが「顧客のニーズに合ったサービスをし、対価を得る」という、ごくごく当たり前な市場の原理です。

年末になったら、どこもかしこもオーケストラが「第9」を演奏するのは、何も音楽家側がやりたくてやっているのではなく、「顧客のニーズがあるから」ですよね。

音楽大学が「芸術」の勉強や訓練に偏ってしまっているのも原因かもしれませんが、一定数「自分はアーティストだと思い込んでいる人」がいます。

卒業してオーケストラなどに入団出来るほんの一握りの人を除き、フリーランス(個人事業主)になるのに、学生時代に経済や経営の勉強もせずに起業しています。そのうえ、自分が起業している事にすら気付かず、アーティストだと勘違いしています。

今回、持続化給付金の件で、初めて「自分は事業者なんだ」と意識した人も多いかもしれません。

個人事業主の「事業届」を出していなかった人、ライブでのチャージバックや現金払いのレッスンばかりで、収入の証明がなかったり、確定申告をしていなかった人。こういう人が周りにたくさんいました。

偉そうな事を書いてますが、僕自身、高卒でプロになっていて、最初ははっきり言って「自称プロ」です。「事業届」なんて知りませんでした。高卒に関係なく、音大も一般大でも教えてもらえないんだと思います。

これまでの日本はとても恵まれていて、このような「自称アーティスト」「自称ミュージシャン」でも、ある程度生活が成り立つほどユルかったと言えます。

「お金の事を口に出すのはタブーという文化」も、悪いほうに働いていた気がします。

ところが、

今回のコロナの影響で、これから仕事そのものが激減し、少ない牌(パイ)を大勢で奪い合う時代が来ると予想されます。そうなった場合、お金に目を背けている自称アーティスト、ミュージシャンは淘汰されていくと思います。

もちろん、「自分は顧客のニーズは関係ない、自分のやりたい事をやるんだ!」という覚悟のある、本物のアーティストは(才能の有無はともかく)、「儲からないかもしれない」「死ぬまで評価されないかもしれない」という代償を理解したうえでやっていけば良いと思います。

自分自身のアーティストとしての挑戦

僕自身の20年の音楽生活、プロは生活は99%「職業音楽家」でしたが、一度だけ本気で「アート」に挑みました。

2016年に制作したCDLullaby of Angelsがそうです。このCDは完全なる自主制作で、レーベルも通さず、全て自分で作編曲、プロデュースを行い、レコーディングに参加してもらうミュージシャンも全て自分で選び、その後の宣伝、販売も全て自分で行っています。

音楽人生の全てを「職業音楽家」として他人に捧げるだけでなく、「表現者としての自分の姿」を、たとえ一度でも残しておきたいと考えたからですが、「売れる事を優先した作品ではない(売れなくても良いから自分のやりたい事だけをやろう)」と自覚して制作しました。

自分自身も長年音楽と関わり続けている人間として「アーティストでありたい」という想い、誇りはあります。でも、それは自分の中や、自分を応援してくださるファンの方の前でそういう顔をすれば良い話で、その顔とは正反対である「職業音楽家」としての「リアルな顔、自覚」をもつ事がとても大切だと考えています。


コロナ前は、クラシックの人にとって、オーケストラに入団するというのは一つのステータスであり、比較的安定した職場でしたが、今後倒産、解散の可能性も高くなってきています(なんとか生き残ってほしいですが)。

ジャズミュージシャンはオーケストラのように、そもそも安定した場がないですが、テーマパークやJポップ、ミュージカルなど、エンタメ業界に関わっている人は、ジャズだけやっている人よりはまだ良かったかもしれません。

コロナ後はこれらが一変する可能性があります。

日々状況が変わる中で、僕自身も明確な答えは出せていませんが、「個」の力、ブランディングがより重要になる事と、「アート」ではなく「ビジネス(職業)」という意識をしっかりもち、戦略を立てて行動する人が生き残るのではないかと考えています

 

音大生はぜひこちらもお読みください!

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PROFILE
フジイ ヒロキ
フジイヒロキ/藤井 裕樹

株式会社マウントフジミュージック代表取締役
Trombonist, Composer, Arranger,
Teacher, Writer, Producer, Consultant

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